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レーシックの普及期
1990年にギリシャで、現在のレーシックとほぼ同じ治療法を開発しました。
このレーシックはマイクロケラトームという器械を用いて、まず、角膜の表面の一部をつながった状態で残すようにして切って角膜フラップと呼ばれるふた状のものを作り、その後、エキシマレーザーを角膜実質に照射する視力矯正方法です。
PRKはエキシマレーザーを照射して角膜上皮を削りとっていたため、視力の回復に時間がかかり、手術後の痛みが強くありました。
現在のレーシックは、角膜フラップを作ることにより、角膜実質にレーザーを照射した後、またフラップを元に戻す為、手術後の視力回復が早く、痛みがほとんどなくなりました。
1995年にアメリカのFDA(米国食品医薬品局)がエキシマレーザー装置の使用を視力矯正手術に用いることを認可したこともあり、アメリカではレーシック治療が普及していきました。
2000年1月に、日本でも厚生省(現・厚生労働省)がエキシマレーザー装置を認可し、この年は2万人がレーシック治療を受け、2005年にはレーシック治療者は7万人にのぼるといわれています。
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